| 「創業は祖父の代、横浜で開業して、軽井沢、神戸へと移転してきたそうです。『日本で最初の』というのは諸説あるでしょうし言い切ることは避けますが、少なくとも片手のうちに数えられえる歴史の洋服店だと聞いています。明治の、まだ世間のほとんどが着物で生活をしていた時代です。洋服というのは、それを着る人も着る場面もごく限られた特別なものでした。一着一着がオーダーメイドの別注品です。海外のトップブランドの昔のドレスが美術館におさめられていたりするでしょう。あんなドレス がうちの店にもありました。残念なことに移転や盗難で昔のものはほとんどなくなってしまったので、現物は残っていませんが、商品というよりも芸術品と呼んでいいような繊細で華やかな服を幼い頃に目にした記憶があります。祖父に連れられてお洋服のお届けにあがったことがありましたが、その頃ではどこにも見たこともないような大きなクリスマスツリーのある立派なお屋敷で、驚いたことを覚えています。」 |
| ■おじいさまは職人さんでもいらしたんですか? |
| 「はい、私の覚えている祖父は何でもできる人でした。一線を退いてからも頼まれた仕事を少しずつしていたようでしたが、洋服だけでなく、毛皮を縫い合わせてコートを仕上げるなんていうこともしていましたね。
祖父の時代は、店にはたくさんのお弟子さんたちがいて、鳳蘭さんのお父さまもそのひとりだったそうです。祖父は東の出だったからか、いわゆる『宵越しの金はもたない』という典型で、住み込みの丁稚さんや職人さんたちをたくさん連れて、飲んだり食べたり旅行に行ったりとしていたようです。」 |
| ■みなさんに慕われていたでしょうね。 |
「ええ、きっとそうでしょうね。私も祖父とは楽しい思い出ばかりが残っています。父や母がしつけに厳しかった分、祖父は何かと楽しませてくれました。だいたい昭和32,3年くらいでしょうか、私が物心つく頃になると店に立っていたのは父と母で、店の商品の6割方が既製服になっていました。問屋さんから派遣される販売員さんや、住み込みの従業員のお姉さんがいて、 店はにぎやかでしたね。昭和の40年頃は、お直しも外注だけでは追いつかず、家族総出で夜遅くまでミシンを踏んで仕上げるということもよくありました。商店街の西の入り口に三越百貨店が店を構えていた頃です。みんながおしゃれをしてこの街を訪れることを楽しみにしていた時代でした。」 |
| ■山室さんはずっとお店を手伝っていらしたんですか? |
「いいえ、最初は姉が手伝っていましたから、私は会社勤めをしていました。姉が嫁いでから徐々に手伝うようになり、父が亡くなってから家族全員でこちらに引っ越してきて、本格的に手伝うようになりました。
お客さまのお相手をするという仕事は、それまでしたことがなかったとはいえ、母と一緒だったので不安はありませんでした。ただ若い私ではお客さまが認めてくださらなかったこともありましたね。同じものをお勧めしても、母と私が言うのでは違うお返事が返ってくるんです。お客さまとの年代の近さやキャリアが説得力になるわけですね。」 |
| ■山室さんが今お店に立たれていて大事にされていることは? |
| 「ほんとうにお似合いのものを身に着けていただきたいということでしょうか。よく言われることですが、好きな色や身に着けたいお色が必ずしも似合う色とは限らないんです。鏡では正面からしか姿をみることができませんから、後姿や横からの姿がどう映るかはなかなかご本人でチェックしていただけないんですね。年とともに体型が変化するのですから、それに合わせたデザインを選ぶということも大事なことだと思います。着丈や襟の開き、少しの違いで印象はぐっと変わります。年齢をカバーするために派手な色を選ぶのではなくて、敢えてシックな色目や落ち着いたデザインの中に一色きれいな色を入れるとか、スカーフやアクセサリーを使って、大人のおしゃれを楽しんでほしいですね。似合うということは着る方の魅力を引き立たせるということですから、お顔映りやスタイルにしっくりくるお洋服を見つけていただけるように、お勧めすることを心がけています。」 |
| ■さいごに山室さんにとってのもとまちらしさをお聞かせください。 |
「私にとってのもとまちらしさなら、この街からはもうなくなってしまったように思います。かつてはこの街が神戸の中心で、他の商店街ではみられない新しさと個性に溢れていました。時代の最先端、それが「もとまち」でした。
今はものを買うといっても、駅構内にも素敵なお店があるような時代ですし、家にいてインターネットを使って世界中の品物を買うこともできます。わざわざ商店街へ出向く必要が薄れてしまっているのでしょうね。
それでも、もとまちで買い物がしたい!とお客さまに思っていただけるよう、それぞれのお店が協力し、魅力ある商店街を再生して、盛り上げていきたいですね。」 |