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「商鑑」とは造語です。「あきないかがみ」と読みます。「商(あきない)」とは商売で、「鑑(かがみ)」とは鑑(かんが)みる、すなわち考えることなので、「商鑑」とは商売を考えるという意味です。三木 久雄さんが「鏡」に映して歴史を考えるという趣旨で掲載しています。

第34話 「服部さん」はどうして「はっとりさん」と呼ぶのでしょう

第34話 「服部さん」はどうして「はっとりさん」と呼ぶのでしょう

1260.jpg「風土記」を読んで意外な事実は全国各地に中国や朝鮮から渡来した帰化人の多いことです。想像を絶すると言って過言ではありません。

 服部さんというお名前の方はたくさんいらっしゃいますが、「服部」を「はっとり」と読むことを知らなければ「はっとり」とは読めません。「服部」は本来は「はとりべ」で、「はとり」が「はっとり」となまったのです。「はとりべ」は「機織部(はたおりべ)」のことで「機織部」とは織物を制作する人を指します。日本は太洋上の列島ですので、古代、中国大陸から朝鮮半島を経由して先進文化が伝えられました。高度な織物を制作する技術もまた、朝鮮半島から日本に移り住んだ帰化人によってもたらされのですが、その技術集団が「機織部」なのです。
 「風土記」に記述されているように、奈良時代以前に多数の帰化人が日本に土着したという事実は、以来おのずと日本人と帰化人との婚姻によって日本人と帰化人との混血が多数誕生したと考えて間違いありません。であるなら、今日、中国、朝鮮からの帰化人の血を引く日本人は相当多数ありえるでしょう。
 日本の「言葉」に朝鮮語と語源を同じくする「言葉」が少なくないそうです。「言葉」を書き記す「文字」を持たなかった日本人は、中国の「文字」である「漢字」を用いて「言葉」を表記しました。日本人の「言葉」と「文字」を、日本人の祖先が、中国、朝鮮からの帰化人から大いに影響を受けたことは、尊重して余りあります。
三木 久雄
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