2001年4月から12月に、毎日新聞に掲載紹介された元町周辺の歴史や出来事を紹介しています。
写真師・市田氏が開業
1870(明治3)年、元町通2丁目に写真師の市田左右太が開業した。のちの「市田写真館」である。近くの花隈町では1年早く、森川為助が開業した。写真が広く利用されるようになったのは明治7、8年ごろからで、「首押さえ機」で首を固定し、息を殺して撮影していたという。
市田は日本の職業写真家の開祖といわれる長崎の上野彦馬の弟子だった。上野はオランダ海軍医のポンペに化学を学ぶうちに写真を知り、研究を開始。1862年に「舎密局必携」を著し、ガラス板に感光液を塗って湿っているうちに撮影する「湿板写真術」を解説した。同年、長崎で写真館を開業。銀二分という当時では高価な撮影料にも関わらず、通訳や商人たちが続々と訪れたという。
上野は神戸にゆかりのある人物も撮影した。1932年発行の「アメリカ彦蔵自叙伝」に掲載された写真には、播磨町出身で13歳で米国に漂流、帰国後に横浜で「海外新聞」という日本初の新聞を発行したジョセフ彦(浜田彦蔵)・1869年開業の神戸病院(神戸大医学部の前身)支配人頭(院長)の米国人医師、アレキサンドル・ベッデル・初代兵庫県知事、伊藤博文・木戸孝允の4人が写っている。
◆元町点描6回目 2001年4月19日
毎日新聞掲載記事の転載