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夢街道
柴田剛中(6)
元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。
柴田剛中(6)
2005/01/01
夢街道
慶応三年(一八六七)六月二十六日、剛中は五万両をふところに江戸をたつ。
七月八日、京都へついた翌九日、二条城で兵庫奉行兼帯を命ぜられる。欧州で、諸国とかわした約束を剛中みずからが形にする仕事である。
朝廷の許可がえられないまま、おもてむき開港準備の専任者をきめかねていた幕府だが、内部では剛中の赴任をきめていた。函館奉行も、兵庫奉行のための予備的な知識を体得するためのものだったろう。
八月三日、神戸へはいると剛中は、幕府の会所としている善福寺を宿舎にした。
五日には居留地普請場の検分をはじめた。時間との勝負、である。ゆるされた日にちのなかで、どこまで工事をすすめることができるか。
居留地造成工事のはじめは地盤整備である。地ならしがあり、海岸の石垣と波よけのための護岸がある。地盤を整備したあとに、港をひらくのに必要な運上所や倉庫などの付属設備がいる。入札期限を八月二十一日にした。
応札したのは、地元の四郎大夫のほか兵庫、大阪の商人である。
開札したのは二十九日である。地盤整備は、八万七千五〇両で四郎大夫が落札、運上所や付属建物の工事は大阪島屋久次郎が落札した。
工事がはじまったのは、九月一日である。
九月二十日、剛中は、寺に会所の役割はのこしたまま、目の前が工事現場である旧海軍操練所に住まいをうつす。工事へのあせりが、一刻も、目をはなせない気持ちへかりたてている。
十月十四日、徳川慶喜は朝廷にたいして大政奉還を上奏した。幕府がもっている権限を、すべて朝廷に返上するというのである。
同じ日、朝廷は、坂本龍馬の仲立ちで手を組んだ薩摩藩と長州藩に、慶喜を賊臣として征伐せよと倒幕の密勅をくだす。
大政の奉還までは、権力の空白期と理解できても、幕府を反逆者とされては、居留地の造成工事はもはや剛中の仕事ではない。
権力機構が空白のなかで、剛中が差配する居留地の工事がすすむ。居留地造成の任にあらずの状態でありながら、剛中に仕事を推進させる力は、日本国を代表して外国と交わした開港の約束である。
十月十五日、幕府の大政奉還を、朝廷が承認する。
もはや剛中の役目はおわりを告げたといってよい。が、剛中は生島に工事を督促した。
が十月以降、いままでの延期にしびれをきらした英米の2国は、開港をきめた条約の履行をうながすため数隻の軍艦を湾内に停泊させている。
条約履行をうながす監視の目が光るなか、居留地造成工事に休む刻はない。
十月二十一日、倒幕をきめた薩摩藩兵は十一月十三日鹿児島から四隻の船で、長州藩兵の船も同月二十六日、兵を満載して三田尻港から白波をけたてて東にむかう。
岩田照彦
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