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元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。

元町の教育事情(12)

元町の教育事情(12)

 女子の教育
 前回、男児のための教科書につづいて女子の教科書を紹介する。
 女子に課したのは庭訓(ていきん)往来、諸職往来である。読書には童子教、實語教、女百人一首、女大学、孝行和讃を素読させた。それに触れておきたい。
 庭訓往来。庭訓とは、孔子の子・伯魚が庭で父に呼び止められ、誌と礼の大切さを教えられた故事にちなむ。一年十二か月に手紙文を配して、一か月往返二通ずつ計二十四通に八月十三日状を加えた二十五通で構成する。模範文のほか、日常単語を類別に列挙、特に江戸時代後期から挿絵などを入れ子供の親しみをまし、今に伝えるものだけでも二百版に近い。
 諸職往来は、武士、農民、職人、商人それぞれの仕事に必要な知識と生活心得の往来物。結婚後の暮らしに、ということだろうか。
 童子教は、鎌倉時代から明治初年まで広く使われてきた道徳教科書だ。穢れたこの世を嫌い離れるという仏教的な信仰と、日常生活での立ち居振る舞い、行儀作法について諭すもので五字一句、三三〇句で構成されている。 
 實語教は、平安時代後期から明治初年まで使われた道徳教科書で、形式はやはり五字一句、九六句。幼童むけの勧学文で智と財を対比し、後者の有限的価値に比べ前者の無限的価値を強調する。この智に至るため、刻苦勉励、読書に励むべきことを諭している。形式が同じなため、近世になると童子教と一冊にまとめ、寺子屋や家庭教育の手本に広く使われた。
 女百人一首は、江戸時代中ごろから、女子の古典入門書として図入りの注釈を添え、他の教科書と一緒に編集、使われていた。
 女大学は、貝原益軒著「和俗童子訓」にある 女子を教ゆるの法 を説教体に改めたというが、確証はない。姑に従わない、子供がない、淫乱、嫉妬深い、悪病、口数が多い、盗み癖などある女性は離縁すべき、と説く。ただし子供のない場合、心正しく行儀良き女性は去るに及ばず、同姓の者を養子にすればよい、とする。
 孝行和讃。七五調の佛教賛歌にならい、主題を「孝行」に入れ替えて教科書に取り入れた。女子の教科書は、道徳にしぼられていたことがわかる。
岩田照彦
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