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夢街道
専崎彌五平(1)
元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。
専崎彌五平(1)
2004/02/01
夢街道
四郎大夫の命をすくった専崎彌五平についてかく。
幼名を定二郎という。天保元年(一八三〇)正月十一日、二つ茶屋村城下町に生まれた。生島四郎大夫より25才、年下になる。侠気、人に絶した。強きをくじき弱きをたすけるのを生きがいにした。
代々、雑業を営んできた。ささやかな店舗に生活品をならべ、客からの注文に応じるなんでも屋であり便利屋である。屋号を鉄屋といった。
当時の、強いものの象徴は大名を統括する大大名の徳川幕府である。幕府の長い歴史が強靭な体制を築いている。錆びついたものでも、支配体制は歴史に裏付けられて盤石である。
その体制に、長州藩が風穴をあけようとしていた。天皇みずから政治をおこない、獣のような異国人から神州日本を守る"攘夷親征"である。彌五平には、頭に血がのぼるほど感動的な道である。長州にあらずば男にあらず、彌五平は自分も長州人になりたい気分である。
摂津の海は、朝廷の本拠である京都へも、幕府が出城とする大阪にもちかい。その海岸ちかくを夷狄の黒船が往来する。目にあまる。備えつけの大砲を陸にむけられると、ひとたまりもない。海防が必要と、幕府は諸藩を動員した。摂津の打出、五毛、須磨の海防を託されたのが長州藩である。
長州兵にはありがたい。当面、買いもとめるものはなくても、彌五平かわいさに、品々の注文から、小使いごとまでたのむ。彌五平は、長州兵の一員になった気分である。
攘夷親征派におされ、各藩には先制攻撃まかりならぬと達して、幕府は攘夷開始の日を文久三年(一八六三)五月十日、と朝廷に約束する。その日、長州は下関でアメリカ商船を砲撃する。
長州の攘夷実行にたいし、朝廷は監察使を派遣して褒詔を贈り、幕府は詰問役として中根一之を派遣した。長州の諸隊は怒り、中根が乗ってきた幕府軍艦朝陽丸を奪ったあげく、中根を中関(防府市)で暗殺する。幕府と長州の関係は凍る。
武力も備わらず開戦するのは時期尚早・・・天皇の意志を受け文久三年八月十八日、天皇と意を通じた公武合体派公卿の画策によって、事態は一変する。攘夷派公卿は御所へも入れず、警備の長州兵も退去、の勅命である。
三条実実ら急進派の公卿、長州藩士、諸藩の尊攘派合わせて二六〇〇人、東山の大仏妙法院へ集まった。兵士は白粥をすすり、樽酒をくんで再起をちかう。
一九日朝十時、雨の中を三条ら7卿と長州兵は伏見街道をたどって大阪から神戸にむかう。一行を、神戸で迎えたのが彌五平である。
来島又兵衛の指示で彌五平は、二茶屋村に用意された船に食料をはじめ航海中に必要な品々をつみこんでいる。
彌五平は三条らを船にいざない、三田尻(防府)にむかうその姿が闇にのみこまれるまで見送った。
岩田照彦
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