神戸元町商店街 KOBE MOTOMACHI SHOPPING STREET

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MOTOMACHI MAGAZINE MOTOMACHI MAGAZINE 元町マガジン

元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。

元町の教育事情(7)

元町の教育事情(7)

 間人寺子屋の話をつづけたい。
 寺子屋の授業時間は、毎日午前八時ごろから午後三時ごろまで。「ごろ」となっているのは、時間の計測に線香を使っていたからだ。雨天と晴天では線香の燃え具合で誤差を生じる。始業と終業は拍子木が使われた。
 休日は、毎月一日と二十五日。寺子屋でも夏休みは盆の季節の七月五日から十六日、冬は十二月十九日から正月十六日で、そのほか節句と氏神の祭日としている。
 朝の第一時限が、読み方暗誦、第二時限が習字の自習、第三時限が習字の運筆法と手本の読み方、男女に分かれて一斉暗誦がある。午後の第四時限は、手本の上を乾筆でなぞる習字の練習、拍子木でリズムをとりながら算術の九九暗誦。第五時限は当番の呼び出しにより、清書と読み方のほか、年長組は男女が暗誦と謡曲の授業に分かれる。
 入学時には、勉学のための道具が用意された。机はモミやサワラの木を材料にしたもので、薄紅色に塗った「粗末なる製品」。長さ三尺以内で高さは八寸、幅一尺、中には引き出しつきもあるが、いずれも天神机と呼ばれていた。学問の神とされた菅原道真にあやかっての呼称だろうか。書籍や備品をしまう文庫もある。材質はモミやサワラ、中には桧材もあった。色は机と同色で長さ一尺四~五寸、幅一尺以内、高さ七八寸、蓋があるだけのミカン箱式が普通で、二段式の箱(掛籠)のある文庫もみられた。文庫に収めるのは手本類の書籍や墨、すずり、紙、扇方などをかたどった水入、文鎮、読み方の授業で文字を示す字指(字突)などである。
 間人寺子屋では、入学する児童のための習字の手本は、当時、広く流通していた市販のものを使わず、師匠の手になる肉筆のものを用意した。楮紙(こうぞがみ)で皺がなく純白できめの美しい和紙に、北野天神社や清水寺の境内絵を青、赤、黒などの色で着色した刷り絵入りの凝ったもので、表紙はやや厚手の紙を使い、壁紙のように模様入りのはなやかな手本だった。
岩田照彦
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