神戸元町商店街 KOBE MOTOMACHI SHOPPING STREET

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MOTOMACHI MAGAZINE MOTOMACHI MAGAZINE 元町マガジン

元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。

鈴蘭灯(元町デパート)(6)

鈴蘭灯(元町デパート)(6)

 鈴蘭灯を導入する動機のひとつに、百貨店の出現がある。前回は、その視点から元町通に店をかまえる、のち百貨店になる大型呉服店を紹介した。元町で商うひとたちにとって、百貨店の中でももっとも大きな存在として意識したのは元町デパートメントであったにちがいない。
 元町デパートは、大正十三年八月十五日、西の入り口にあたる元町通6丁目の敷地五百三十二坪の土地で建設がはじまった。総工費百二十万円。建坪約三百六十坪、総建坪約三千坪。鉄筋コンクリート造で地下室を入れて八階建、道路面から七階の屋上までの高さは百尺の建築物である。
 工事には、地元の神戸をはじめ大阪や京都の業者も参加した。
 大阪からの参加者を代表するのは、ビル建設にあたり総合設計と施行を担当した土木建築請負の 野村組だろう。同社が、建設の進捗状況に合わせて、それぞれの部分を担当する専門業者を束ねての作業だったと思われる。建築材料を扱う木下謹三商店、金物の田中昌司商店、セメント業者の濱口商店、空調が専門の萩原煖房工務所、ペンキ・ニス塗請負業の梅原組、上下水道工事を担当する岡部商会がある。京都からは、東京巣鴨に本社をおき京都に出張所をおく防火シャッターやサッシなど新しい資材を供給する建築金物商会京都支店の名前が見える。
05.png 中心になったのはやはり神戸の業者だ。材木関係では、板材を合名会社岡野貞次郎商店から、その他の木材を神戸木材(14)から、セメントの供給者には木村商店がある。建築・土木請負では久世武男のほか大島組とその傘下にある大島組侠友会を名乗る小林英夫の名前が見える。工事の仕上げに登場する室内装飾は辻田商店、北本装飾店が入っている。造園のしつらえは兵庫県下の長尾村に店をおく牡丹園主・坂上新九郎が担当した。花むしろの輸出などにあたる山上商事(14)には、床面にはりめぐらす「うすべり」の手当をしたのだろう。フロアを上下するため三つの階段を用意したが、圧巻は最高級絶対安全を謳い文句にする米国ウオーナーエレベーター会社製のエレベーター四基を備えたことだろう。東洋総代理店のライセンスをもつミドリ商会機械部を通じて購入した。ビル完成時の広告面に神戸瓦斯(14)が登場しているのは、デパート開業を通じて使用拡大をねらったものだろうか。
 来客には快適な環境と安心を提供するため冷房はもちろん保温、防火、耐震、換気、採光など、心地よさにも気をくばる。館内の電気の照明設備は灯数一千五百個、燭力三千燭光、電話は局線六本、店内卓上30個以上を据え付け、サービス体制を整えた。
 日々、工事の進捗状況を見る周囲の店主たちは、どのような気持ちだったろうか。

岩田照彦
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