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夢街道
柴田剛中(10)
元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。
柴田剛中(10)
2005/05/01
夢街道
夜明け前
幕府が、為政者としての権力を、朝廷に返上したといい、朝廷がそれを受け入れたと宣言したが、三村の日常にかわりはない。
統治者がいない、というだけである。
幕府領であることを実感するのは、担当の係が検知にくるときで、村でもちあがる日常的な相談ごとは庄屋のもとでまとまっていく。朝から夜までの時間の動きは、幕府領時代のままつづいている。
かわったことといえば、居留地造成工事がとまったままであることだ。
柴田剛中を通じて幕府から注文をうけた生島四郎大夫も、庄屋でありながら、こればかりは手も足もでない。官軍からあらぬ疑いをかけられたうえ、財産を没収されて手も足もだせないでいる。
開港までの半年で、外国人を受け入れるための土地造成から住宅の建設まで、いかに簡素な建物であっても無理である。
整備中の居留地にとなりあう神戸村は、人口千人あまり、ひとめをひくような建物といえば、浜に建つ粗末な酒蔵か、寺院くらいのものである。開港の日、外国人のために「用意されていたのは海岸の一角、1マイル四方ほどの砂浜」でしかなかったのである。
しかし、開港の号砲とともに外国人がやってきた。
外国人の受け入れ準備もできなかったのは、開港を決めた幕府であり朝廷であるが、三村の住民にとってはあずかり知らぬことである。
といわれても三村の統治者となった官軍にとっても、外国人の住む家を心配するどころではない。
2月には、備前兵が三宮神社前で外国兵との間に事件をおこしている。三村の人々も、どうなることかと息をひそめた事件の結末もついていない。
新政府にしてみれば、判断の域を超えた事態である。
陸へあがったものの、外国人には家を建てる土地がない。国を代表する者たちが、付近の民家や寺院を仮の住居にしたのは自然ななりゆきといえる。
それですべてのひとを収容できたわけではない。開港とともにやってきたのは第1陣で、新しい土地での商いを目指して、外国人はやってくる。米英仏蘭さらに独伊人。
3月に入ってフランスとオランダ、さらにイギリスの公使も京都の朝廷に、居留地工事の未完成による外国人の不便な実態を訴えた。外国人と日本人との接触をおそれながらも、幕府に対していまさら居留地造成の怠慢をなじることもできない新政府である。
新政府が各国領事に伊藤俊介名で、生田川から西の宇治川まで、北は山辺、南は海岸まで日本人より外国人へ相対にて地面或いは家屋を貸し或いは其の家屋を買い受けうわものを取り除き自普請することは勝手、と雑居を許可する旨つたえたのは、三月七日である。
三村にとっては、これもまた寝耳に水の事態だったにちがいない。
三村に対する事前の通知や相談ごとをした記録はみあたらないからである。
岩田照彦
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