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夢街道
専崎彌五平(5)
元町、という地名が登場するのは明治七年の五月である。以来、町名の根拠は、はじめにできたまち、もとのまちということになっている。
専崎彌五平(5)
2004/06/01
夢街道
幕府目付・小林甚六郎の五卿ひきとりを阻止したのは、薩摩藩の五卿警備担当・大山格之助の威嚇による。争いも辞さぬ見幕に、小林はほうほうの態でひきあげた。
彌五平が、五卿の安堵を伊藤のもとへ知らせにでむいたは慶応二年(一八六六)、六月の声を聞くころである。彌五平は、伊藤から、その足で二つ茶屋村へ帰るよういわれた。命じられた、といってよい。
一度は老父母が気になって様子をみに戻る気持ちにもなった彌五平だが、いまは帰る気持ちからは遠い。幸い、老父母から、暮らしにかわりのある知らせもない。五卿につきそい、耳にするのは世のなかのさわがしさである。五卿の周辺に群れるひとたちの熱気は、種火が炎にかわろうとするようである。帰省をしぶる彌五平に伊藤は、京都のひざもとでおこっている民衆の不穏なうごきをつたえた。だから家がどうなったか、とにかく見にもどれ、というのである。
彌五平が、兵庫へむかう船のなかで船頭から聞かされたのは、五月、西宮で打ちこわしがあり、兵庫、灘、池田、伊丹に波及とはなしである。四月中旬には大阪市中でも大規模場打ち壊しがあったという。勝海舟は日記に、当月八日兵庫に民商集合すること一万四、五千人、たちまち四方に乱入して富家を潰ち、灘、西宮辺に及べり。鎮憮人数、押うること能わず、鉄砲をもって打ち殺した、と記録した騒動である。
兵庫の港から家にむかった彌五平は、打ちこわしにあった家を目のあたりにして、村に父母の家をみるまでは不安がよぎった。しかし、街道筋にある小さな間口の家は、騒動などしらなかったように二年まえのままそこにある。 彌五平は、五卿をあずかったような気持ちである。先をゆく五卿の一行をとおくにみながら後を追う。
彌五平は、生島に礼をのべると、ひとり暮らした借り物の家はたたみ、父母の店におちつくと、商いの準備はしりまわる。騒動こそなかったが、兵庫での騒動をしる村でも、ひとびとの気持ちはすさんでいた。彌五平のあつめてきた品を山積みする店の前を、一団の兵が西にむかう。
幕府の、長州再征の準備がすすんでいる。
五卿の監視や警護に熱心なのは、幕府と長州の和睦の過程で、勤王を旗印に国造りを進めようと心をひとつにする薩摩藩だけである。五卿は、幕府はもとより、朝廷にとっても目のうえのコブである。
彌五平の商いもふくらみ、平穏な日がつづいている。東にかえる兵を、彌五平が見おくっている間にも、時代は音をたてて渦巻いている。勢力の立て直しにフランスの協力をもとめる幕府、武力で幕府を倒すことをもくろむ長州に薩摩がある。
長州兵が西宮にむかうと彌五平が耳にしたのは、慶応三年十一月の半ばである。
岩田照彦
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